燃え尽き症候群

あー、燃え尽きた。

 

ひたすらねむい

 

充実感がすごい

 

ただ孤独感もすごい

 

 

楽しかったな いろいろあったけど全部がすてきな時間で

 

泣きそうなくらい寂しいよ

 

やっと最後にがんばれて、自分の自信に繋がった気がする。

 

 

みんなありがとう

結局だらけた日

今日は朝の8時に起きて、10時から外出する予定だったけど

10時すぎに起きた。笑

 

あー。もう10時になっちゃったじゃん、と、やる気が出なくて2時間ほどぐーたらし、12時にやっとベットから出た。

 

午前中はスーパーで買い物をして、午後は隣町の少し栄えた街で買い物をして、そのまま夜まで勉強する予定だったけれど

 

12時から14時までスーパーで買い物をして、お昼を作って食べ終わったころにはもう16時だった。

 

あー。あそこのショッピングモールで買い物したかったけど、その後カフェで勉強したかったけど、もう16時。あーーーーーー

 

 

で、結局家にいた。

 

 

今日はほんとうに一度も勉強をしなかった。

 

おまけに食べ過ぎた。

 

 

家にいると絶対たべすぎちゃうから、なるべく外に出ようって決めてたのに

 

 

どうしてもできない。。。

 

 

 

これが春休みの悪魔か。

 

 

 

 

明日は絶対、買い物済ませて勉強する。

 

 

春休み終了まで、あと30日。

 

 

とりあえず、今から筋トレします。

不満のはけ口

私は、いやだな~とかむかつくな~と思うことがあったら

すぐに言葉に出したり顔に出ちゃったりするタイプ。

 

けど正直言って、そういう人ってめんどくさい。

 

 

 

私の今後の目標は人望を得ることなんだけど、その目標に対してこれって、非常にまずいとおもう。

 

私には、不満のはけ口が必要。

だけれど、そこに他人を介入させるのは殆どメリットがないし、「この人いつも愚痴ばっかり。」と人望は失われると思う。

 

だから、なるべく他人を介入させない形で、自分のいやだった気持ち、むかついた気持ちを掃き出せるようにしたい。

 

 

匿名で愚痴を言い合えるアプリがあって、私はそれを使っている。

 

他人の愚痴もタイムライン上でたくさん見ることができる。

自分の愚痴も、他人に見えるけど、名前は出ないしコメントもできない仕組み。

「応援」と「共感」しか押せない。

たまに、これは、という投稿があったら、「スター」を押してお気に入り登録もできる。

 

他人には直接言えないひどい愚痴、自分の中のヘドロを掃き出せる場所なんだけれど

たまには、名言的な、これ、いいかもっていう考えとか

嬉しかったけれど他人に言ったら自慢になっちゃうな~ってこととか

ただの日常のつぶやきとか

なんでも、身分を隠して投稿できる。

 

いままでの私は、このアプリにとても救われた。

 

他人を介入していないようでしているけれど、誰が「応援」・「共感」してくれているのかも、そして他人からは投稿主が誰なのかも、分からない仕組み。

 

 

不満のはけ口としては、最適なように思うし、実際最適。

 

 

 

他人を傷つけず、いやな思いをさせず、自分の苦しい思いを外に排出することが出来る。

 

 

だいたい、自分の不満を掃き出したいというのがメインなので、他人の不満を見ることはないんだけど

たまに見ると、自分と同じ気持ちの人がいたりして面白い。

そういうときは大体「共感」を押す。

逆に、自分ではわからないような、苦しい境遇にいそうな人の苦しいつぶやきを見たりもする。

そういうときは大体「応援」を押す。

 

 

 

そうやって、私の投稿にも毎回「共感」「応援」のどちらも押してもらっている。

本当にくだらない愚痴でも、だれかが押してくれると、あ、こういう気持ちになるの私だけじゃないんだな。ってなる。

 

日本人1.2億人なんだから、ひとりくらい自分の気持ちを「共感」「応援」してくれる人は必ずいる。

 

 

どんなに信頼できる友達がいたとしても、愚痴ばっかり言ってたら、時々「それは違うと思うな~」っていう愚痴をぶち当ててしまうことだってある。

 

そういうことも、回避できて、人間関係も良好に保てて、かつ自分の嫌なことは掃き出せる。

 

 

そういう空間・世界があることを、知れてよかった。

 

自慢することのメリットってなに?

自慢することのメリットってなんだろう。

 

私はたまに、自慢してしまう。

 

なぜ自慢してしまうのか、わからないけど

なんとなく、「あなたたちとは違う」と誇示したかったのかもしれない。

自慢していると、知らないうちに周囲を見下していたような気がする。

 

 

私は尊敬する人物が何人かいるけれど、

その人たちの、自慢している姿を見たことがない。

 

「すごい人物」「尊敬される人物」は、たいてい自分の自慢をしないのだと思う。

 

 

なにか、すごいことを成し遂げた人がいたとして

こちらがそのすごさに気付く前に「どうだ、すごいだろう!」とその人から言われると興ざめする。

これは自然なこと。

「なに1人でいってんだ」となる。

 

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👆まじで、こんなイメージ...

 

 

自慢することって、デメリットしかない。

 

他人をいやな気持にさせるのはもちろん、それに伴って人望を失う。

 

それなのに、自分が以前どんな自慢話をしていたかなんて、考えても思い出せない。

つまり、その時その一瞬の自分の快楽を満たしたいがために、自慢していたんだ。

未来の自分は忘れてるんだから、自慢をしたその一瞬は、今後なんの意味も成さない。

 

自分の為にも、他人の為にもならない「自慢」。なんだこれ。やるのが意味不明すぎる。

 

 

 

知らないうちに自分も、「尊敬に値しない人物」になっていた。知らないうちに、意味わからない何の価値もないことをしでかしていた。

 

 

 

 

 

最近は、嬉しいことや、誇らしいことがあっても、自慢しないようにしている。

 

自慢するんじゃなく、気づいてもらい、拾い上げてもらうことを、ただ待つ。

 

このとき「わたしは頑張ったのに、気づいてもらえなかった」と嘆くとこも絶対にしたくない。

その努力もがんばりも、この言葉を発した途端に全く意味がなくなるから。

 

 

理想的には、そんなことまで気にしないようなメンタルまで達したいけれど。

 

連絡がきた!

先日のブログ👇で話した、インド人の方から返信が返って来た。

 

dokoka-s.hatenablog.com

 

よかった~~。ひとまず、安心。ほっ。

 

今後はちゃんと返します... 

英語でchatできるという貴重な機会を逃すわけにはいかないな...

 

HelloTalkをひさしぶりにやる

こんにちは。どこかの大学生です。

 

HelloTalkをひさしぶりに開いた。

HelloTalkは自分とは異なる母国語を話す人とChatできるアプリ。

 

私は英語を学びたくて、英語でpostし英語が母国語の方々からリアクションを貰い、時には添削をしてもらう。

 

日本文化に興味があって日本語を勉強している、外国人の方々ともつながれる。

 

気があったり、もっと話したいと思ったりすると、DMでメッセージもできる。

 

 

 

私はプロフィール欄に、自分の趣味、興味のある分野、大学生であることなどをつらつらと書いている。

postはだいたい、日常的なできごとや、自分の興味のある分野のこと。(宇宙とか、物理とか)

 

私は基本、自分からDMをすることはない。

だいたい英語圏の方から英語で「Hi!I’m 〇〇」というようなかんじでDMを貰う。

 

ありがたいことに、DMをくれる人は「物理学徒」か「宇宙だいすきな人」が多い。

私のpostやプロフィールを見て、「この人は物理を学んでいる宇宙大好き大学生なんだ」と伝わってるんだと思う。

 

生きた英語も学べて、物理や宇宙が大好きな人と繋がれる。まさに一石二鳥。

 

英語で物理について教えてもらったこともある。

英語で物理教えてもらう日が来るなんて予想もしてなかった。

 

 

 

 

ある日、インド版NASAに勤めている方からDMを貰った。

 

 

その人はすごく親切で、いつもメッセージをしてくれる。

だいたいその人とは英語で会話をしている。

「Konbanwa」「Ohayou」って、ローマ字で日本語書いてくれる時もある。(日本語に変換できるキーボードをスマホに導入するのが少々面倒くさいらしい)

 

多趣味で、賢くて、面白いインド人というかんじ。

 

 

その人とは去年の夏ごろからずっとチャットを続けていた。

チャットをしている期間は、今までつながった人の中で最長だと思う。

 

 

去年の12月頃、私は大学の勉強が忙しくて、物理の勉強に専念したいと思う時期があった。

 

正直、英語で会話するのはとても時間がかかるし、労力も必要だった。

まず自分なりに文章を書いて、文法チェックをし、分からない単語や表現があったら調べて、書き終えたらDeepL翻訳にかけて意味が通っているか確認をし、送信...

 

手軽なように見えて、手軽ではなかった。

 

だから、去年の12月から今年の2月まで、ずっとHello Talkを開いていなかった。

 

インド人の人はもちろん、他の人たちにも何も言わず、休んでしまった。

 

 

数か月ぶりにHelloTalkを開くと、たくさんの人からDMを貰っていた。

 

例のインド人の方以外にも数名DMをしている人はいて、その人からメッセージも来ていた。

けどその人たちは、頻繁にメッセージをしてくれるインド人の方とは対照的で、たまーに返事が返ってくる感じだったのでそこまでダメージは無かった。

まあ、今も返事返ってこないけど(多分以前の私状態に入っているんだと思う)

 

 

インド人の方からは、12月に彼の趣味であるバイクの写真がいくつか、1月に「HappyNewYear!」「元気にしてる?」、2月に「最近連絡ないけど、だいじょうぶ?」「お元気であることを願ってます。」というような英語のメッセージが来ていた。

 

やってしもうた~~~~って気持ちになった。

 

 

英語でメッセージ送るの労力いるし、今は大学の勉強をするべき大事な時期だから、物理、物理、、、

 

って、勝手にメッセージ送るのやめてたけど、ミスった。

 

2月下旬に「返信遅くなってごめんなさい。大学が忙しくてHelloTalkを開いてませんでした」「けどこれからまた再開します!」

というような内容のメッセージをしたけど

今も返事は来ない。

 

 

インド版NASAというありえない貴重な人物から、わざわざメッセージをいただいて、今までずっとDMをし続けていたのに....

 

 

私のせいで、連絡が途絶えてしまった...

 

 

いまもちょっと後悔してる。

 

 

改善点は、やはり自分の英語力不足だと思う。

文法チェッカーや翻訳機にかけることをしなくてもいいようになれば、いいんだろうな。

けど、今の自分の英語力ではそれは厳しいし、勉強にならないと思っている。

 

だから、今後もちょくちょくpostして、文法チェッカーや翻訳機を使う時間を減らせるように、

がんばろうとおもう。

 

 

目標は、英語で気軽にメッセージが送れるようになること。

 

願いは、インド人の人とまた連絡が取れるようになること。

 

 

 

 

 

SNSを程よく辞める

お題「#この1年の変化

 

去年の春、Twitterのアカウントを削除した。

フォロワーにはなにも言わずしれっと退会。

 

あの頃、世間はざわついていた。

想定外の仕打ち、溢れかえるデマ、みんなの心には不安が募って、どれが正解でどれが不正解かもわらかないような状態だった。

私は、じぶんなりの正解をもって、知り合いに声掛けをしたり情報を共有したりしていた。

 

けれど全員に私の想いが届く筈はなく、たまに許せない行動をしている人も見かけた。私にとってタブーな行動をSNSに堂々と流す友達の姿に、軽蔑の念を抱いた。

 

 

そして、Twitterやインスタにちょっとキレ気味の文章をかいたりもした。

 

書いた後、なんでこんなことしてるんだろうと思った。

今まで愚痴をSNSに書いたことは殆どなかったのに。

たとえそれが正義感からくる文章あっても、ネガティブで怖い文字をSNSを通して知り合いにぶつけることだけはしたくなかったのに。

 

多分、私自身も疲れていて、精神が不安定だったんだと思う。

 

友達の嫌な姿、自分の不安定な姿、それをSNSの画面上で見た時

この環境は自分にとって良くないと思った。

 

何も言わずにTwitterを消した。

Instagramもなるべく開かないように、ストーリーを見ないようにした。

 

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けれど、Twitterは私にとって情報収集の場でもあった。

好きなアーティストやYouTuberの情報を即座に知ることができない。

今日のニュースも、トレンドも、分からないのは正直嬉しくない。

 

だから、フォロワー0人のほぼ「見る専」アカウントを作った。

 

今もこのアカウント1つでTwitterを継続利用しているけれど、これ、やってみてすごくよかった。

 

知り合いの情報はInstagramでしか入ってこないけど、全然不便じゃないし

本当に自分が知りたいと思う情報だけが入ってくる環境は最高。

 

 

友達がなにしてるかとか、なにを思っているかとか、

正直私にとってはどうでもいいことだったのかもしれない。

 

この真実に、やっと気づいた1年でした。